超高度に『医デジ化』された社会の実現

小泉 憲裕
(電気通信大学 大学院情報理工学研究科 准教授)

1. はじめに

ITおよびロボット技術(IRT)を利用して人間の熟練した技能を再構築する,言わば“技能の技術化・デジタル化”がテクノロジーの発達とともに可能になりつつある.すでに製造業分野では,超高精度の作業がロボットによって実現されている.高度な技能を要求される医療分野においても医療診断・治療ロボットの開発により,熟練した専門医のように人体に対して安全・安心に動作する高精度な診断・治療を実現することが期待されている.

本研究ではこれまで,遠隔超音波診断システム(remote ultrasound diagnostic system: RUDS)1), 2),超音波心臓癒着評価システム3, 4),非侵襲超音波医療診断・治療統合システム(non-invasive ultrasound theragnostic system: NIUTS)5), 6)等を対象に医療技能の技術化・デジタル化(医デジ化, technologizing and digitalizing medical professional skills: TDMPS)にもとづく医療支援システムの構築法を研究してきた.このうち本報では,非侵襲超音波医療診断・治療統合システムを例としてとりあげ,医デジ化にもとづく医療支援システムの構築法について概説する.

患者に皮膚切開を加えることなく患部をピンポイントに診断・治療することができる強力集束超音波(High Intensity Focused Ultrasound: HIFU)を用いた診断・治療技術は,既存の開腹手術や低侵襲手術の代替としてきわめて有望であり,近年,多くの研究が報告されている\cite{BJR2003:JEKennedy}\cite{JGP1942:JGLynn}.

このうち,HIFUを利用した代表的なシステムとして,JC Haifu\textregistered システム \cite{JC-Haifu},ExAblate\textregistered システム \cite{ExAblate}等があげられる.JC Haifu システムについては,さまざまなタイプの腫瘍を対象として計40,000例以上の臨床応用が報告されている\cite{JGP1942:KWu}\cite{JCJU1999:GTu}\cite{UMB2001:FWu}\cite{UMB2004:JEKennedy}.

このようなHIFUを利用した既存のシステムに共通する主要な問題点の一つとして呼吸・心拍動をはじめとする臓器の運動に対する補償が行なわれていないことがあげられる.そのため,たとえば,呼吸を制御した状態で治療を行なう必要があり,患者や医師への負担が大きくなる.

結石破砕治療においては,従来よりESWL(Extracorporeal Shock Wave Lithotripsy)法が使用されてきたが,破砕片が大きく,患者にとって負担に大きな治療になっている.他方,松本らが開発したHIFUを利用したCCCL(Cloud Cavitation Control Lithotripsy法では,『お湯の中の角砂糖』のように細かい破砕片でさらさらと結石を破砕することができ,我々の提案する体動補償の技術を併用すれば,患者にとってきわめて負担のすくない,安全・安心な治療法になりうる.

もちろん,ESWLにおいても我々の提案する体動補償技術を利用することができ,患者にとって負担の減少につながる.

呼吸・心拍動など,自然界におけるゆらぎは,周期があるとしても,その周期も厳密なものではない.換言すれば,周期そのものがゆらいでいる\cite{1997Seitai-no-yuragi-to-rhythm:RWada}.ゆらぎは摂動として取り扱うこともできる.

(コラム)
結石はシュウ酸カルシウムが主成分であり,尿中に溶け込んでいるシュウ酸や尿酸などと、カルシウムとが結合したものが、丁度そこにあったゴミ(細胞の欠片や細菌など)を核にして結晶化することで生成される.シュウ酸はほうれん草・小松菜・モロヘイヤ・タケノコ・紅茶・コーヒー・チョコレート・ナッツ類などに多く含まれており,これらの食品を過剰に摂取しすぎないことが肝要である\cite{尿路結石を防ぐには}.


(画像処理アルゴリズムに関する関連研究)
近年,さまざまな分野において,画像追従や画像誘導といった,ロボットビジョン技術に関する研究・開発の数が急増している.なかでも,ロボットビジョン技術の医療分野への適用は大変有望である.

Recently, research and development related to robot vision technology, such as visual servoing and image guidance technologies, has increased in various fields \cite{TRO1996:PICorke}-\cite{TRO2004:FChaumette}. Among those technologies, medical applications are very promising.
 
(開腹手術における患部追従の関連研究)
In the field of open surgeries \cite{ICRA2001:YNakamura}-\cite{TRO2005:RGinhoux}, Nakamura et al. proposed synchronizing a master-slave type surgical system with organ movement by using a 955-fps optical high-speed CCD camera. The system, called a "motion canceller system," consists of a master-slave system, a visual stabilization system, and a motion stabilization system \cite{ICRA2001:YNakamura}. Thankral et al. proposed a modeling method for physiological movement based on a Fourier linear combiner (FLC) algorithm \cite{ICRA2004:AThankral}.

Ginhoux et al. proposed applying a model predictive control and an adaptive observer to the surgical system of a beating heart by using a 500-fps high-speed CCD camera \cite{TRO2005:RGinhoux}. However, such an optical high-speed camera cannot be applied to our non-invasive therapeutic and diagnostic (theragnostic) system because skin and other healthy tissues cannot be injured.

(呼吸および心拍にともなう)心臓の運動は主に心臓外科の分野において大きな問題となっている.心臓外科の分野ではマスタ・スレーブ・システムにおいて心臓の運動補償を行う研究がなされている\cite{ICRA2001:YNakamura}.この研究では低侵襲外科手術療法としてのマスタ・スレーブ手術支援ロボットを用いた小切開冠動脈バイパス手術に対して,心臓の鼓動による運動の補償を行なっている.対象の位置の取得には955Hz で画像を取得できる高速度カメラ2 台を用い,正確な対象の位置を取得するために冗長なマーカーを用いている.

このシステムでは,マスタ・スレーブ手術支援ロボット,術者に提示するモニタ映像上で臓器の注視点をあたかも停止しているかのように見せるビジュアル・スタビライゼーション,手術ロボットを臓器の動きに同期させるモーション・スタビライゼーションの3 つのシステムからなる.これらを総称してモーションキャンセラシステムと呼び,このモーションキャンセラシステムによって,術者はあたかも静止した臓器を扱うかのように手術を行なうことができる.

同研究では,対象の位置取得として955Hz で対象位置を取得できる高速度カメラと冗長なマーカーを用いている.しかしながら,HIFU 治療では(腹部あるいは胸部における)皮膚の切開は行なわないため,このような高速度カメラやマーカーは利用できない.

(光線力学療法に関する研究)
メーカによれば表層から4mmまでの治療が可能.医師によれば10mm程度まで効果がある可能性.

(放射線治療における患部追従の関連研究)
Among the applications in the field of radio surgeries \cite{JCAS2000:ASchweikard}-\cite{MPL2010:RLi}, Cyber Synchrony\textregistered, which is a CyberKnife\textregistered \hspace{0mm} real-time image-guided system, uses externally placed optical markers on a patient's skin for target detection and motion compensation. Li, et.al., developed an algorithm for realtime volumetric image reconstruction and 3D tumor localization based on a single x-ray projection image for lung cancer radiotherapy \cite{MPL2010:RLi}.

平澤らは放射線治療を対象とする呼吸性の体動補償を目的として,音楽のテンポによる引き込みを利用して臓器の動きを安定化させる手法を適用したうえで,放射線照射の位置とタイミングを制御する第3世代の生体情報誘導技術を提案している\cite{2010:KHirasawa}.

医用画像のリアルタイム性が十分に得られない場合には,光学式あるいは磁気式位置センサ,慣性センサ,ECG信号などの利用が検討される.


(そのほかの患部追従に関する研究)
To, et al. developed inertial measurement system for human body motion tracking to satisfy the reliability and high accuracy demand in biomedical application \cite{TBE2013:GTo}.

Optical / magnetic position sensors, inertial sensors, ECG signals, etc. have been considered when the realtime performance isn’t sufficient. To, et al. developed inertial measurement system for human body motion tracking to satisfy the reliability and high accuracy demand in biomedical application \cite{TBE2013:GTO}.

(超音波診断/治療システムに関する患部追従の関連研究)
A bilateral master-slave system has been implemented with haptic feedback and implemented to a robot system for medical purposes. It has been showed that teleoperating a UR5 robot equipped with a force-torque sensor and an ultrasound probe benefits from having haptic feedback. The haptic feedback helps the user know how much force is exerted on the environment, and to keep the ultrasound probe more stable when contact
is established with the patient \cite{2013:JEFjellin}.

東芝メディカルシステムズ(現在はキヤノンメディカル)は超音波を使って血液の流れを画像にし,がんや炎症を診断する技術を開発した.高価な造影剤を使わなくて済み,被曝(ひばく)などの心配もない.病巣に流れる血液の量から,腫瘍や炎症の進行度合いなどがわかる.呼吸や心拍で臓器や組織が動くため,従来は細い血管の血流は映せなかった.呼吸や心拍の影響を計算して取り除く手法を考案することで問題を克服した\cite{nikkei130903:東芝メディカル、血流を超音波で画像化 がん・炎症を診断}\cite{nikkei131224:東芝メディカル、血流を超音波で画像化 がん・炎症を診断}.新技術は臓器の動きとその一部にあるがん組織を周波数が違う超音波で調べ,臓器を正確に追い続ける.

Realtime Virtual Sonography(RVS)
http://www.hitachi-medical.co.jp/tech/based/us/rvs/index.html
磁気センサの利用

Vector Flow Mapping(VFM)
日立アロカはTissue doppler法およびOptical flow技術を応用して血流内の渦の存在を確認する技術を開発している.

磁気位置センサと画像追跡技術を利用することにより,CT上でマーキングした患部を超音波画像上の患部に対応づけて表示するActive Tracker\cite{Active Tracker}が商用化されている.

肝臓に含まれる門脈および冠静脈における特徴的な3点を利用して,超音波スキャン面を同定する3点法の研究も進められている.

(医療技能の技術化・デジタル化の関連研究)
ITおよびロボット技術(IRT)を利用して人間の熟練した技能を再構築する,言わば“技能の技術化・デジタル化”がテクノロジーの発達とともに可能になりつつある.すでに製造業分野では,人間では不可能な高精度の作業がロボットによって実現されている.高度な技能を要求される医療分野においても医療診断・治療ロボットの開発により,熟練した専門医のように人体に対して安全・安心に動作するとともに,人間の能力を超える,高精度な診断・治療を実現することが期待されている.

ライフサイエンスの分野においても,ヒト型ロボットにより,細胞培養などにおける汎用的なベンチワーク作業を自動化する研究が進められている\cite{JRSJ2013:TNatsume}.ライフサイエンスのベンチワークの変遷はきわめて早く,解析法や実験法が短期間で陳腐化することから,治具や専用機器をインテグレーションしたシステムでは対応できず,人が使うツールと周辺機器をそのまま利用できる汎用的なヒト型ロボットの有用性が主張されている.

(コラム)
ロボットによる自動化は人々の職を奪うだけでなく,新たな雇用を生み出すという指摘もある\cite{A Georgia Tech professor of robotics argues automation is still creating more jobs than it destroys}.

(振動の除去に関する関連研究)
ここで,安全・安心な非侵襲超音波医療診断・治療統合システムを構築するためには,患部追従のための超音波画像の質(IQ)に影響を与える機構振動を抑制する必要がある.

Here, the mechanical oscillation, which adversely affects the image quality (IQ) and requires tracking and following of the affected area of the body, should be suppressed to realize safe and precise NIUTS.

Oscillationの低減については,たとえば,術者やパーキンソン病患者の食事支援における振戦除去など,医療・福祉ロボット分野において患者にとって安全・安心な質の高い医療・福祉支援システムを実現するうえで共通の重要課題となりつつある.

Concerning oscillation, it becomes an important common theme to suppress the oscillation for the realization of the safe and precise medical and welfare support systems, such as the microsurgical systems or the meal assist systems for the Parkinson's disease patients \cite{2009KYano}-\cite{1995JGGonzalez}. Those systems and our system are similar in the following points:

類似点1:人体に対して接触動作する医療・福祉支援システムである点
類似点2:力センサやジョイスティック等を利用して振動の周波数成分を同定し,これにもとづいて振動抑制フィルタを適用する点

Similarity 1: Medical and welfare support systems, which contact with the human bodies.
Similarity 2: Application of the oscillation suppression filter based on the identified frequency band of the tremor / oscillation by using force sensors or joy sticks.

具体的に,\cite{2009KYano}-\cite{1995JGGonzalez} は振戦を含む信号から操作者の意図する信号を抽出することで,なめらかな術具やスプーン等の軌道を生成することを目的とする。

Particularly, the purpose of the reference \cite{2009KYano}-\cite{1995JGGonzalez} is to generate smooth trajectories by extracting the intended signal from the signal which incorporates unwanted signal.

このために力センサの値から患者あるいは術者の振戦の周波数帯域を同定し,ノッチフィルタを利用して除去したものを指令値としてシステムを動作させる.

For this purpose, they identify frequency band of patients’ / surgeons’ tremors based on the value of the force sensor / joystick.

Yano \cite{2009KYano}, Riviere \cite{2003CNRiviere}らはノッチフィルタにより振戦の周波数帯域を除去することで,システムを滑らかに駆動させている.

Yano \cite{2009KYano} and Riviere \cite{2003CNRiviere} apply notch filter and eliminate the frequency band of the tremors from the command value so as to move the systems smoothly.

Pledgieらは振戦を抑制するための手段としてインピーダンス制御におけるパラメータ調整を利用している \cite{2000SPledgie}. Gonzalezらは振戦を除去するための手段としてイコライザーを利用しているが \cite{1995JGGonzalez},生成した信号に遅延を発生させる問題があり,オフラインのシステムにおいては有効であるが,我々のシステムのようにオンラインのシステムには適さない.

Pledgie applied impedance control to suppress tremors \cite{2000SPledgie}. Gonzalez applied equalizer as a tremor suppressing filter \cite{1995JGGonzalez}. However, his equalizer generates the latency and isn’t fit for our online system.

他方,我々のシステムは,機構振動を抑制し,追従のための超音波画像の質を向上させることで,患部追従精度を向上させることを目的とする.

While, the purpose of our system is to enhance the servoing performance for the affected area by suppressing the mechanical oscillation which deteriorates the image quality for servoing.

このために,力センサおよびゴムひもを用いてヒトの振戦ではなく機構振動部の共振周波数成分を同定し,超音波画像をもとに生成した患部追従制御のための速度指令値からノッチフィルタにより共振周波数帯域成分を除去する。

For this purpose, we identify the resonance frequency of the mechanical oscillation part by using a force sensor and elastic cord. Then, we apply the notch filter to eliminate the frequency band around the resonance frequency of the mechanical oscillation part from the command value which is generated from the ultrasound image, whose image quality is also affected by the mechanical oscillation.

(注)術中の手の振戦は100\micro mといわれている。

目標追従精度

本研究では,『結石』および『がん』の両方に追従できることが最終目標であり,両方の目標精度を検討している.結石については,直径4mm 以下の結石は尿から体外に自然排出されるため,直径4mm の結石を追従しながら,正常な組織を傷つけることなく,HIFUを照射できることが目標になる.

具体的に,HIFU照射対象の結石の直径が4mm(半径は2mm),照射するHIFU 焦点の直径が1mm(半径は0.5mm)である,これより,照射するHIFUを照射対象である4mm の結石の領域におさめ,まわりの正常な組織を傷つけないための条件は,(結石の半径)-(HIFU焦点の半径)= 2mm - 0.5mm = 1.5mm になる.

がんについては,放射線治療において呼吸性移動を補償するために必要な照射範囲の拡大が三次元的な各方向においてそれぞれ5 mm以下に低減できることがシステムに求められており\cite{kokkyuIdouGuideline},我々のシステムでは,この照射範囲の拡大の半分の2.5mmを目標追従精度とする.

In this section, we discuss the required servoing precision of our special theragnostic system. In our research project, both stones and tumors are our targets to track and follow. In the case of stones, the stone, whose diameter is under 4mm, is expelled out of the body naturally.

Therefore, it is required to track and follow the stone whose radius $\bar{r}_{stone}$ is 2mm. The radius of the HIFU focus $r_{focus}$ is about 0.5 mm. The HIFU irradiated lesion is ellipsoidal, with a long axis of approximately 10 mm and a short axis of approximately 1 mm \cite{UMB2006:TIkeda}.

Therfore, the desired target tracking precision, in order not to injure the healthy tissues, is introduced as the following relation, which is based on the advice of the medical professional.

\begin{equation}
E^d_{stone} \leq \bar{r}_{stone} - r_{focus}  = 2mm-0.5mm = 1.5mm
\label{E^d_stone}
\end{equation}

Concerning the case of tumors, the expansion of the irradiation scope, to cancel the respiratory motion, is required to be set within 5mm in each three dimensional directions in the radiation therapy \cite{respGuideline}. In our study, we set the half of the above-mentioned expansion of the irradiation scope as our goal servoing precision as shown in the next relation, which is based on the advice of the medical professional.

\begin{equation}
E^d_{tumor} \leq 2.5mm
\label{E^d_tumor}
\end{equation}

Here, the resolution of the ultrasound diagnostic image is approximately 0.3 mm when a 3-MHz probe is applied.